悠々として急げ

 ~未知との遭遇 in books & libraries~

50歳からは「孤独力」! 保坂隆

この本の語り口は、お医者さんというより、何か宗教関係の方のような感じもしつつ読ませて頂いた。聖路加国際病院精神腫瘍科医長である。

ご自身は、終末医療についての模索をされているようである。各章の気になる記述をピックアップしてみた。

 

目次
 第一章 孤独は人生の自然の成り行き
 ・すべては孤独から始まる
 ・若い時孤独力は影をひそめている
 ・自分で決断するということは孤独の世界に入ったこと
 ・生活習慣病は人生のつけ
第二章 孤独に慣れる、孤独を生かす
 ・家での孤独にとらわれすぎない
 ・会社での孤独は自分を鍛えるチャンスである
 ・孤独を認識するとうまくいく
 ・成功する人、長寿の人は孤独をよく知っている
第三章 孤独ゆえのとびきりな上等な時間の過ごし方
 ・いい刺激がほしい!極上の楽しみ再発見!
 ・たとえば読書、映画を見直す・・・
 ・自然に浸りっきり、無常を味わったり
 ・残り時間の計算に意味がない
第四章 孤独力は究極のささえ
 ・からっぽになれる強さを持ったいるか
 ・思いやりも孤独から生まれる
 ・死と向き合う力
 ・存在感のある生き方
第五章 空海の生き方、死に方に学ぶ
 ・人生は長さではない
 ・日本で最初のモラトリアム人間
 ・生と死は連動している

第一章 孤独は人生の自然の成り行き

 すべては孤独から始まる

  この世のあらゆる賞とか栄光というものは、孤独力をたたえるものなのかもしれない。
  指導者、冒険家、創業者、ゴールドメダリスト、革命家、芸術家 P20

 若い時孤独力は影をひそめている

 自分で決断するということは孤独の世界に入ったこと

  夜は穀類をやめた。・・・野菜を食べる。
  腹がへっていたら魚を食べる。・・・
  ビールはやめていない。350ミリリットル缶だったら二、三本。
  こうした食生活をしていると、酒を飲んでも太らないということが良く分かる。P32

 生活習慣病は人生のつけ

 生活習慣病というものは、これまでの人生のつけである。
 責任は負う。これが俺の人生なのだから、楽しみを切り捨てたりはしないぞ。
 思いがけないつけの額(健康診断の結果)をみて、過去のつけを払って行こう。これまでと異なる楽しみを新たに発見してみよう。こう考える人は、群れを必要としない。楽しみの発見への旅とは、孤独力の発揮である。P40

第二章 孤独に慣れる、孤独を生かす

 家での孤独にとらわれすぎない

 会社での孤独は自分を鍛えるチャンスである

 孤独を認識するとうまくいく

 成功する人、長寿の人は孤独をよく知っている

第三章 孤独ゆえのとびきりな上等な時間の過ごし方

 いい刺激がほしい!極上の楽しみ再発見!

 たとえば読書、映画を見直す・・・

  そういう時間をさかのぼる映画の楽しみ方もある。・・・前には見えなかったものが見えてくる。自分が変わり、時代が変わったからである。P103

 自然に浸りっきり、無常を味わったり

  なんとにぎやかな世界であろう。ここには孤独はあっても孤立は無い。P106

  「図書館という宝庫」に書かれていることは、我が意を得たり。の世界である。

   そうなのである。だから図書館は、はまったら一生抜け出せないと私は思う。

 残り時間の計算に意味がない

  ものを作る場合のもうひとつの時間との関係のしかたがある。

 小説を書こうとして、中略 書こうとすること以外のことは一切しない。しそうになったらすぐそれをやめる。毎日この四時間を持続すれば、あなたは書き出しているでしょう。(作家 レイモンド・チャンドラー)P119

第四章 孤独力は究極のささえ

からっぽになれる強さを持ったいるか
思いやりも孤独から生まれる
死と向き合う力

  がん患者への告知

 世の中、「個人情報」という言葉が蔓延していて、何かあるたびに「それは個人情報ですから」という壁が立ちはだかる。では「ある人間にがんが見つかった」という情報はなんだっていうのか? これこそ「第一級の個人情報」である。それが個人の許可なく、家族に伝わるのである。

(中略)これはれっきとした「個人情報保護法違反」である。P139

  これは、なかなかの視点であると思う。医者ならではの。そう、そして当人には教えられないのである。残りの人生をどう生きるかは、本人が決めるべきであろうと思う。

 存在感のある生き方

第五章 空海の生き方、死に方に学ぶ

 人生は長さではない

 日本で最初のモラトリアム人間

 最後に試される孤独力

 生死の連続観を、空海の著書『秘蔵宝鑰(ひぞうほうやく)』から引く。

  

三界の狂人は狂せることを知らず

四生の盲者は盲なることを識らず

生まれ生まれ生まれ生まれて生の始に暗く

死に死に死に死んで死の終に冥(くら)し

迷えるすべての者は永劫に輪廻転生してやまないという嘆きである。
衆生の多くが即身成仏とはほど遠い姿で死んでいくことを客観的に表現したものである。P166


 生と死は連動している

  死後よりも現世

 仏教は六世紀に日本へ伝来し、終末論である末法思想を背景に、この世を苦しみに満ちた世界とみている。その結果、死後に安楽な世界を望んだり(極楽往生)、次の世でQOLを高めるために善を行い続け(善根功徳)、人のために生き(利他の精神)徳目をそなえる努力を行う生き方(六波羅蜜)を推奨した。

 これに対して、密教(真言宗)では死後よりも現時点の生に重きを置く。真言密教では、当事者の現時点での関心事を支援し(現世利益)、この身このままが全能になる(即身成仏)ことをめざした。

 

即身成仏義より

 

六大は、永遠に結びつき溶け合っている
四つの曼荼羅は、真実相をあらわし離れない
三密が応じ合い、速やかに悟りの世界が現れる
あらゆる身体が、珠さながら照り合うのを即身という

あるがままに仏の姿をして、悟りの智恵をそなえている
人々すべてに、心の主体と作用がそなわっている
心の主体と作用に、五つの智恵と際限ない知恵がある
その知恵をもって、すべてを鏡のように照らすとき
真理に目覚めた智者(仏=ブッダ)となる

 

 三密とは、コロナ対策に関する言葉より先に、仏教に関する言葉であった。

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