悠々として急げ

 ~未知との遭遇 in books & libraries~

裁縫師 小池昌代 裁縫師というタイトルに興味を持って読み始める。まさか九歳の娘が。若白髪の裁縫師と娘の母との関係は・・・

裁縫師

裁縫師

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まえがき
久しぶりに短篇を手に取りました。
この本の備忘録として、あらすじと感想を残します。
・・・のところは、ネタバレしないようにそうしています。

小池昌代さんのプロフィール(本書の紹介文より)
1959年 東京都生まれ。こいけ まさよ。津田塾大学卒業。

著者の作品
97年『永遠に来ないバス』

www.kinokuniya.co.jp

で現代詩花椿賞、2000年『もっとも官能的な部屋』で高見順賞、01年『屋上への誘惑』で講談社エッセイ賞を受賞。詩、小説、エッセイ、書評と、幅広く活躍。著書に小説『ルーガ』、エッセイ集『黒雲の下で卵をあたためる』などがある。「新潮」2006年9月号掲載の「タタド」により、その年度のもっとも完成度の高い短篇小説に与えられる川端康成文学賞(第33回)を受賞。

あらすじ
裁縫師
 裁縫師は、坂元という有名な実業家の家の離れに住んでいた。
 その離れは、アトリエKと呼ばれていた。主人公の私は、父が公務員の普通の家の一人娘であった。
 アトリエKには裕福そうな母娘が出入りしていたので、そこへ行くことは、叶わぬ夢だと思っていたが、その日は突然にやってきた。母は私の為にアトリエKへ行くと言うのだ。
 アトリエKの主は、若白髪の年齢不詳で、野性的な目をしており、わたしは烈しく惹き付けられた。彼はとても素敵なシャツを着ていた。
 彼は、母の言葉を遮り、わたしに好きなことや学校のことなどを尋ね、ジャンパースカートとワンピースのイメージを膨らませた。
 母は、少女を少し大人にしようと考えたのだろうか。わたしは、裁縫師のところへ一人で行かされるようになり、少しずつ裁縫師を男として見ているような感じになっていった。
 裁縫師の手が採寸のために、すこし体に触れると、もう少女は少なからぬ快感を得て、あたまが真っ白になった。
 そして、・・・(please enjoy read on your own)
 わたしはいま、六十八になり、長く務めた商社を定年で辞めて、今は霞が関のビルの掃除婦として働いている。新緑の季節になると、その裁縫師のことを思い出すのである。

女神
 わたしは男であるが、黄水仙のような地味な花が好きだ。
 だいぶ前に引っ越してきたこの町は、とても静かでゆったりとしており時計も見かけない。
 東京へ出てきて、最初の下宿屋のおばあさんは、哲学と園芸が好きな人だった。
 この男もまた、昔のことを思い出しているのだ。
 ある日、偶然電車で止まった「かぜだまり」という駅。
 いつの間にか、この駅に何度も足を運び、散策をするようになった。
 そこに住むことになり、しばらくすると風邪をひいて病院へ行った。そこの先生は人相占いもするらしく、君は気が弱い、女に注意しなさいと言われた。薬を貰いにサクラ薬局へ行き、そこで薬の説明をしてくれた「鳥の巣の女」と名付けた顔の見えない受付の女性のことが気になるようになった。
 あるとき、手首を捻挫して、薬局へ行くと、やはりその女性がいて、薬の説明のあとに、「今日は神社で、鶴の恩返しを踏まえた宵祭りがあるから、いらしてください。」と言われてうれしくなった。
 そして、宵祭りに行き、しばらくすると、四十くらいのすっとした横顔の美しい女性が現れた。見知らぬおじさんに聞けば、サクラ薬局の人、この町の女神だという。
 わたしは、意を決して女神へと近づくと、
「さあ、好きな人を、おえらびなさい。今宵、女はみんな鶴です。・・・気のすむまで。朝まで何をしてもよいのですよ。」
 そんな町があれば、大混乱のはずであるが、誰も女神を横取りしようとはしない。
 そして、わたしはついに女神と・・・(please enjoy read on your own)

空港
 久々に、年末に帰省した洋子であるが、いつの間にか両親や弟と流血の大喧嘩になり、実家を飛び出した。うしろからは、物凄い罵声が飛んでいた。
 それ以来、実家には帰っていない。
 ところが、今年の正月は、気がかりな用事ができた。
 東京在住の叔母から電話があり、自分は仕事で忙しいからカナダ出張から帰る叔父を成田空港まで迎えに行ってほしいというのである。
 叔父は少しメンタルが病んでいるらしい。かつて叔父叔母と三人で行くはずだった上の動物園を、叔母だけドタキャンして叔父とデートみたいになったことを思い出して、りんごのように酢甘い感情を自覚する洋子であった。
 四十を超えてひきこもるように日々暮らしている洋子は、久しぶりに成田空港へ行くことになった。事前に切符を買い、なぜか、叔父に会うのだからと思ってきれいな色のセーターを買おうとデパートへ立ち寄っていた。
 当日、洋子は他人のために何かをすることが嬉しく、にわかに活気づいていた。
 成田に着いて、飛行機が二時間も遅延していることに驚いたが、少しも不快ではなかった。
 やっと二時間が過ぎて、叔父が出てきた。洋子はもう恋人でも待つかのような心境になっていた。叔父に近づこうとしたそのとき、信じられないことが起こった。
 ・・・(please enjoy read on your own)
 そして、目の前の叔父は、どんどん遠ざかって行ったのである。

左腕
 交通事故から始まる。車同士の事故で、恵子はタクシーの後ろ座席だったので、大丈夫だった。
 事故から二週間たち、恵子は左腕が回らなくなり整形外科へ行くために、バス停でバスを待っていると、事故を起こした相手方のドライバーであった川野が声を掛けてきた。事故のときに乗っていたベンツではなく、紺の国産車に乗っていた。
 彼は動物病院へ行く途中だという。川野は恵子を乗せて、整形外科ではなくその動物病院へと向かった。
 恵子は動物病院で、馬の油のクリームを処方され、寝る前にそれを塗って寝た。
 空を飛ぶ気持ちのいい夢をみて、起きると下半身は熱く。。。
 着替えようとしたとき、それは起こった。
 なんということだ。
 恵子は、川野との待ち合わせ場所に行き、再び下山動物病院へ向かった。下山は恵子と診察台に寝かすと、恵子は眠りに落ちた。
 恵子は、原口整形外科を必死に探す夢をみて、目が覚めた。
 そこにいた、若い女と不思議な会話をした恵子は、また眠ってしまった。
 もう一度目が覚めると、整形外科の原口先生がいて、壊死しかけていた左腕を切ったという。
 入院中に原口の子供と、回文ごっこ遊びをしていると、望めば、原口先生が翼を付けてくれると言う。
 つぎの朝、目が覚めると、ベッドのそばに原口先生が立っていた。
 『あんた、翼がほしいんだって。・・・まったく強欲だね。・・・』
 原口先生が、太い注射器に針を付け、肉色の液体をちいさな瓶から吸い上げる。
 恵子の腕のない付け根にそれを刺すと、恵子はより深い眠りに堕ちた。
 そして目が覚めると、動物病院の下山先生とたくさんの動物たちが出迎えてくれた。
 左腕の付け根に筋肉が着いており恵子は飛ぼうと左腕に観念の力を込めると・・・(please enjoy read on your own)

野ばら
 十一月、夏からの長雨があがり、いきなり晩秋が始まった。美知子の父はふらっと旅に出る癖がある。
 彼はかつてバイオリニストであり、母はその太い指で母を魅了したに違いなかった。
 美知子は、とても広い家に住んでおり、この家のテーブルは、美知子と母の二人には大きすぎた。美知子はなぜか木の匂を、母はなぜか古本の匂いを嗅ぐと二人とも便意を催すという体質であった。
 母は、デパートの五階にある紳士服コーナーで、ネクタイを売るのが仕事だ。
 母には、たくさんのボーイフレンドがいて、父にもたくさんのガールフレンドがいた。
 美知子は学校に早く行き、校庭にある犬小屋の犬と、特別学級の光窓(みっそう)くんと校庭を走る。
 学校から帰ると、誰もいない。これが日常。美知子は夕飯の支度をする。
 ある日、学校から帰ると、父の「かばん」がない。旅へ出たのか。
 兄は、十五歳の秋から、ことばをしゃべらなくなっていて、あまり部屋から出て来ないので、しばらく会っていない。
 美和子の誕生日は、11月11日で11歳になる! でも誕生日を祝ってもらった記憶はない。
 美知子は、父は今旅に出て、家にいないとは分かっているが、仮に父が死んでいても旅に出ているだけでも、父が今いないということに変わりはない、と思った。
 そして、兄も家にいるのだが、ずうっと会ってないから、いないのと同じだ。
 その兄も、もう十八歳。学校には行っていない。
 母が帰宅するのを待つ間、美知子はときどきピアノを弾いた。弾ける曲は、「野ばらに寄す」だ。でも、美知子の左手の小指は、第一関節から先が無い。
 美知子の指でも弾けるように、父は「野ばらに寄す」を編曲してくれた。
 ある日、学校から帰った美知子は、家全体に違和感を覚えた。
 ・・・(please enjoy read on your own)

作品の背景
 裁縫師、女神、空港、左腕、野ばら からなる短編集である。

作品の感想
裁縫師
 『父も母も、すでにこの世にいない。彼らが生きているころは、両親のする思い出話など繰り言ばかりで面白くないと、耳から耳へ流して聞いていたのに、いまとなってはあれもこれも、聞いておけばよかったと悔やむことばかりである。』
 この文章は、わたしの立ち位置に近いかも。同じ思いをしないように、両親の話は聞いて記録でもしておこうかと考える。
 あらすじに書いた「・・・」のところは、九歳の主人公の娘が、大人の階段を上ったということである。

女神
 男の妄想のような、この小説を書いたのは、小池昌代さんなんですね。男の歯は大丈夫なのか。鶴の恩返しという感じではあるが、最後は浦島太郎のような気分になったのは私だけだろうか。。。

空港
 洋子は、空港で叔父を待つ。空港の人々を観察してこう感じている。『旅人たちは疲れてはいるが、長い空間を横切ってきたせいで、独特の光を発する瞳を持っており、移動する体は、日常から少し浮き上がって、野性的な動物の匂いを発散していた。』
 そう言われれば、そんな気もする。そこまで人を凝視したことは少ないので、私の想像に過ぎない。
 ようやく遅れていた飛行機が到着したが、ロビーに出てくるまでには、さらに一時間ほどかかりそうだと気付いたとき、洋子は昔の待ち合わせのことを思い出す。『まだ携帯などが、なかったころのこと。ひとは、ただ、来ないひとを、いまかいまかと待つしかなかった。遅れている理由はわからなかったし、もしかしたら自分が時間や場所を間違えているのかもしれなかった。』
 これを読んで、自分が若い頃、友人と待ち合わせして、時間を間違えたために、結果として、すっぽかした感じになり、友人の実家まで謝罪に行ったが、本人は不在でお母さまに謝罪の意を伝えて帰ったが、その後彼からは連絡が来ることはなかったことを思い出した。あのとき、スマホがあったなら、と今も思う。
 それにしても、この物語もちょっと哀しい、虚しい結末である。現実とはこういうものか。いや。。。

左腕
 この物語は、恵子が乗ったタクシーが、川野が運転するベンツと事故を起こすところから始まる。衝突する瞬間の描写が面白い。一行に一文字しか書いてない。『あ、ぶ、つ、か、る。』
 人間が危機に陥ったときに発揮される、物凄い集中力により記憶がスローモーションになる感じが、うまく表現されている。
 この断片的な視点が、最後の方で、重要な意味を持って来るが、ここでは、まだ気付くはずもない。
 動物病院の下山先生が最後に言う。
 『現実ってもんは、一枚じゃないんよ。同時にいくつもの層が重なっているんよ。』
 恵子が見たいくつもの夢は、どれが現実で、どれがなのかと思っていると、最後にすごい現実を突きつけられたのである。

野ばら
 これは、一家離散の小説であろうか。私は最後には、美知子は死ぬのかなと予感がしてページを勢いよくめくると、そこで終わっていた。
 『美和子はきょうも、鋼鉄のように自由だ。』
 あれ、どうなったのかな。わたしの理解力が足りない。
 さて、全体的に思い返すと、こういう人生もあるのかなと思える内容で、わたしもそのような体験をしているのではないかと考えてしまうのである。

主な登場人物紹介
裁縫師
 わたし:一人娘
 父:公務員
 母:近所のたばこ屋の店員
 近所の裁縫師(男)

女神
 わたし:男
 満知子:彼女 三歳年下 女子大国文学

空港
 洋子、総合病院で事務職、東京在住、実家は新潟
 弟夫婦、新潟
 母の妹、商業デザイナー、東京在住
 その夫の炎二、編集者、東京在住

左腕
 小池恵子(こいけけいこ)
 川野(事故の対向車の男)、犬のサブロー
 下山動物病院の下山先生
 原口整形外科の原口先生

野ばら
 美知子、十歳
 父母、四十代後半?
 兄、十五~十八歳
 光窓(みっそう)くん

裁縫師

裁縫師

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