内容紹介
第一章 再会
物語は、20年後の今から始まる。
わたしは、主人公の伊藤花。20前に一緒に暮らした吉川黄美子60歳が、若い女性を監禁した罪での裁判が報じられていた。
花は、捕まった黄美子さんが過去のことを話さないかと不安になり、旧知の蘭と桃子に連絡を取り「再会」した。
第二章 金運
ここから話は、20年前にさかのぼる。
東村山市の小さな文化住宅清風荘が、花と母親の住処だった。花は15歳。
花は家に置いておかれて、母は彼氏のところに入り浸り。代わりに黄美子さんが寝泊まりしている。一か月すると黄美子さんは居なくなり、母が戻ってきた。
花はファミレスでバイトして稼ぐことが楽しかった。
必死で貯めた72万6千円は、母の彼氏のトロスケが持ち逃げし、花は働く意欲を失った。
「金運」を失った花は母親のスナックから出てきた貴美子さんに付いて行くことにした。
第三章 祝開店
第四章 予感
ここで、加藤蘭と出会う。キャバ嬢だが、売り上げが低く苦戦。
花は映水さんに携帯電話を用意してもらい、知り合ったキャバ嬢の加藤蘭と電話番号を交換し、とても仲良くなった。花は蘭ならスナック勤めもできると「予感」した。
第五章 青春
二階のタトゥーの店に窃盗が入った。同じビルの「福や」のエンさんも心配している。
「人は必ず年をとるし、体を壊したらおしまい。生活の保障はなにもない。」と言う。
読者の私も還暦を過ぎて、少しその感覚も分かる気がする。この頃から、貴美子さんが難しいことは何も分からない人だということに花は気づき始める。なんだろう?差別用語が頭に浮かんだ。右手と左手が分からなくなるらしい。
突然、ライターのながさわ猫太という男と女子高生の桃子が店に入ってきてびっくりする。
そして、花、蘭、桃子の三人は意気投合し、ともだちとなった。これが「青春」。
第六章 試金石
花は夢で貴美子さんに刺される夢を見た。本屋で夢判断の本を探し、夢の意味を調べた。その結果、問題はなく、むしろいい夢でほっとした。「刃物で刺される夢は非常に大きな金運のサイン・・・」その夢は花の運命の「試金石」なのか。
ところが、貴美子さんと住むハイツから出ていかないといけないことになった。
「れもん」に行くと見知らぬ男たちが電話をしていた。ヤバいと感じた花は逃げたいのに体が固まった。映水さんの顔が見えて現実に引き戻された。どうやら勝手にスナックで野球賭博をしていたようだ。花を連れ出して映水さんは謝ったが花はいきり立っていた。
ここで日本生まれの韓国人、映水さんの生い立ちの話。この小説には拠り所のない人たちが次々と登場する。
第七章 一家団欒
ハイツを出ないといけない。
困っていたら、「れもん」ビルのオーナーが物件を紹介してくれた。
超ラッキーである。
花は久しぶりに母に会った。「一家団欒」と思ったのも束の間、母は金を無心に来たのだ。その額なんと200万円!
母の彼氏のトロスケに70万取られて、今度はその母が200万貸してくれと言う。
母は不動産屋の男にスナックから引き抜かれた挙句、捨てられたて、パチンコする女に騙されて、矯正下着を200万も買わされたらしい。
家に帰って花は泣く。「頑張っても頑張っても・・・」
黄美子さんが「親はね、しょうがないよ。いつか終わるまで待つしかないよ」と言う。
読者の自分も親のことを考えると、花の気持ちは良くわかる。
突然、ジン爺から黄美子さんに電話が入る。「『れもん』が燃えてるって」・・・
第八章 着手
火元はエンさんの「福や」だった。スナック「れもん」は跡形もなくなった。
せっかく手に入れた家を守るためには働くしかない。
花と映水は新宿のビルのメンバーズ・波に入り、ヴィヴィアンという女に会う。
面接は合格か。ヴィヴから電話がきて、渋谷の東急イン前で待ち合わせる。
ヴィヴから指示されたバイトは、「出し子」だった。カードを何枚か預かって、その人のような顔をしてATMでMAXの50万ずつ引き出す。金持ちのカードだから、50万ぽっち抜かれても相手は気づきやしないらしい。
そうして、そのヤバい仕事に「着手」した。初めは緊張していたが、どんどん稼げるようになった。
蘭はあたらしいキャバクラでバイトをはじめ、桃子は親の金を持ち出し、黄美子さんもどこからか金を持ってきた。
第九章 千客万来
仕事がうまく行くようになって、ヴィヴは花を食事に連れて行ってくれるようになった。
バカラという大きな博奕をやっていたこともあり、そのころに黄美子や映水、琴美と出会ったらしい。「世の中は、できるやつがぜんぶやることになってんだから・・・頭を使える奴が苦労することになってるんだよ。それでもいいじゃんか」というヴィヴの言葉は、読者の今の自分にも刺さった。しょーがないか。
それからヴィヴから依頼される仕事はレベルが上がった。クレジットカードを使うやつだ。
ある日、集金を終えて帰ると、黄美子さんが「琴美が怪我をした」と言って出かけて行った。
そして、蘭は弱気なことを言い出した。みんな生きることや働くことに疲れてきていた。
もどってきた黄美子さんに琴美の様子をきくと、店にきていたヤクザとできてしまい、そのヤクザがクスリをやって琴美を殴るらしい。そう話す黄美子さんの目がすわっていて花は怖くなった。
そして、桃子の妹と連れの男子高生二人がやってきた。どうやら美人でもない桃子が男にちやほやされて騙され、パーティー券を買わされたらしい。売上を持って行かないから妹が追い込まれているらしい。みんな金がらみだ。「千客万来」だあ!とでも言わないとやってられない。
そのうち、蘭が店を辞めてきて、どんどん行き詰ってきた。とうとう花は蘭と桃子を自分の仕事に巻き込んだ。
初めはうまく行って、蘭も桃子も興奮状態となった。
稼いだお金は押入れのダンボールに入れて管理するようになった。
第十章 境界線
正月になって、蘭が貯めたお金のことについて聞いてきた。まだこれからだと思っているときにダンボールの中の金のことを聞かれた花は少しイラついた。
そうなると、花の妄想が大きくなっていく。蘭と花子が金を持ち逃げしたらどうしよう。
そうこうしていると、今度はヴィヴさんと連絡が取れなくなり、花は焦る。
四人の関係は、些細なことで悪化していった。とうとう花も頭がおかしくなって、家の中を幸運の黄色のペンキで塗りはじめた。蘭と桃子にも命令してやらせた。恐怖政治のような、いや狂気政治のような感じになっていった。花は「境界線」を超えたのかもしれない。
ようやくヴィヴさんから連絡がきた。
第十一章 前後不覚
仕事は増えて順調。桃子のパーティー券の借金も「わたしが」返してやった。
だが、花は蘭や桃子との根本的な考え方、考えのなさにささくれだった。
また、身分証明もなく、銀行口座もないため店を開くなんてできないと分かってきていた。
一方、ダンボールの金のことを思うと気持ちが鎮まった。やはり金が必要なのだ。
久しぶりに映水から連絡がきて会う。そして琴美の彼氏だった志訓が生きていたことを聞いた。東大阪でカタギになっているらしい。だが、琴美や黄美子には言わない方がいいと言った。
ヴィヴさんから新しい連絡だ。レベルがまた上がる。カード自体の偽装もするらしい。これは難しい。データをスキミングして空のカードに入力してからATMで金を引き落とさないといけない。「これは相談とかじゃないよ」ヴィヴさんから焦りが感じられた。
花は会議をするようになった。蘭と桃子は部下のような感じ。うまくいくのか。
琴美の客のカードから情報を盗んだ。隠しカメラも使った。大変だったが、この新しいシノギが安定してきたら、ヴィヴさんも上機嫌になった。
しばらくすると、また蘭がダンボールのお金のことを聞いてきた。蘭や桃子も不満が溜まってきていた。そろそろ金を分配して解散しようとまで言い出した。
話が長くなって、花は解散に同意したふりをした。たぶん。
お金は、2,166万円ほど貯まった。これを4等分するのか。
銀座からの帰り、花は琴美と会って、飲んだ。酔っ払いすぎて「前後不覚」になり、志訓さんのことを話してしまった。
その帰り、家に着くと、金を持ち逃げしようとしていた桃子に出くわした!
第十二章 御破算
花と桃子の乱闘になる。
お互いに散々罵り合ったとき、黄美子さんがラッセンの絵の額縁を掴んで暴れ出した。
手が付けられない!
三人で黄美子さんを抑えようとして、桃子が階段から転げ落ちた。死んだかと思ったら、捻挫だった。家に帰って警察にばらすと言うので、ガムテープで縛った。
どうしてこうなったんだと考えていると、映水から電話があって、ヴィヴさんが飛んだ、と言った。しばらくして、また映水から電話があり、今度は琴美さんが死んだと、言った。
その件があってから、桃子と蘭は、花と黄美子さんに気を遣うようになった。
ふたりでいるときに、黄美子さんは「琴美はどうして志訓が生きていると知ったのだろう。会いに行こうとして、及川にやられた」と言った。花は「前後不覚」になって自分が話してしまったせいで、琴美さんが殺されたのではと悩むようになった。
花はおかしくなった。昼夜逆転して、黄いろの壁をカッターで削り続けるようになった。
花子と蘭が、哀れみの視線を向けていた。
そしてこの関係を「後破算」にしようと言った。
全部、黄美子さんがやったんだよ。私らは利用されただけ、と桃子は花に言った。
蘭と桃子は、五百万ずつ手に取り出て行った。そのあと花は百万だけつかみ、金と黄美子さんを残して家を出た。どこへ行ったのだろう・・・。
第十二章 黄落
時はまた、20年進んだ。
伊藤花は、総菜屋で三年間働いていたが、コロナのせいで店は臨時休業することになった。
そして、東村山の実家へ戻った。清風荘だ。母親は寝転がっていて、「ああ花ちゃん」と言った。桃子が言った「私たちは利用されていたのだ」という言葉が脳裏に焼き付いていた。しばらくして母親はスナックの客と九州へ行き、ひとりになった花は東村山を離れて、ホテルの清掃員として職場を転々とした。そして花が36歳のとき、59歳の母は亡くなった。
花は20年前の人たちが忘れられなかった。思い切って、映水に電話すると、驚くべきことに映水は出た。そして、20年前に黄美子さんを置いて出てきたことや、琴美さんに志訓が生きてることを話したから殺されたとか、溜まっていたことを吐き出すと、映水はそれが普通だし昔のことだと言った。そして黄美子さんが東村山のスナックで働いていることを聞いた。
居ても立っても居られなくなった花は東村山へ向かう。
そこで見た黄美子さんは60歳を過ぎ、「黄落」期の老婆に見えた。黄美子さんには私しかいないと思った花は、自分と一緒に行こうと言ったが、黄美子さんは「わたしは、いかない」「ここにいるから。会える。母さんと琴美も会える。映水にも、会える」と言うのだった。花は満足したのか、夕日が差し込む帰りの電車の中で眠りに落ちた。
感想
あらためて、身分証明の大切さ、お金の大切さ、無いとこんな感じになるんやなということ、カード詐欺ってこうやってやるのか、など実感すること、勉強になることが多かったです。
とはいいつつ、昨日も病院ではマイナンバーカード忘れましたと言って、古い保険証を出しているのですが、マイナンバーカードは絶対無くしたらあかんなあと思います。
小説では、よく似た境遇の人が集まるようになり、まさに「類は友を呼ぶ」の状態で、正義とは何かも考えさせられました。わたしの気持ちは花になっていましたので、琴美さんが死んで花がおかしくなっていったときに、ようやく目が覚めた感じで、きっと洗脳されていたのでしょう。あなたもこの小説の中の詐欺沼に入ってみませんか。
書籍情報
・形式 文庫本
・出版社 中央公論新社
・ページ数 607頁
・著者 川上未映子
・発行 2023年2月25日
著者情報
大阪府生まれ。2008年『乳と卵』で芥川龍之介賞、09年、詩集『先端で、さすわさされるわそらええわ』で中原中也賞、10年『ヘヴン』で芸術選奨文部科学大臣新人賞および紫式部文学賞、13年、詩集『水瓶』で高見順賞、同年『愛の夢とか』で谷崎潤一郎賞、16年『あこがれ』で渡辺淳一文学賞、19年『夏物語』で毎日出版文化賞を受賞。『夏物語』は40カ国以上で刊行が進み、『ヘヴン』の英訳は22年国際ブッカー賞の最終候補に選出された(内容はこの書籍に掲載されていたものです)
〆