1960年、島根県生まれで島根大学卒業の著者によって書かれた7編のSF短編集ですが、表題の『自生の夢』だけ先に読んで、そのあと残りの6編を読むのでもいいかなと思いました。
この記事では、飛浩隆の小説『自生の夢』について、
・魅力紹介
・全7編のあらすじ
・考察・解釈『自生の夢』
・読後感・総評『自生の夢』
をまとめています。
目次
海の指
星窓 remixed version
#銀の匙
曠野にて
自生の夢
野生の詩藻
はるかな響き
①魅力紹介
作品の基本情報
・著者 飛浩隆 Tobi Hirotaka
・出版社 河出書房新社
・ジャンル SF
・読みやすさ 文体は読み易い、短編集なので1編あたりを読むのも早い、ただそれぞれが全然関係ない話でもないものがあり、やや混乱する
どんな読者に刺さるか
・SF好きな人
・ネットが好きな人と嫌いな人
魅力ポイント
・世界観 近未来
・キャラの関係性 バーチャルな関係
・テーマ性 近未来の情報の扱われ方、著作権、ネット社会への警鐘?
②あらすじ
海の指
内川和志 泡洲音響工作で働く
内川志津子 泡洲交通で働く
昭吾 志津子の前夫
海象予報という言葉 泡洲島でのニンゲンと土地が同化したような物語
海の指とは、阪神淡路大震災の断層を想像させる。
灰洋と書いて、うみと読む。
音響で灰洋(うみ)から何かを取り出しているらしいが、よく分からない。
死んだはずの昭吾が海の指となって、志津子を迎えに来る。
昭吾と和志の間で、志津子の取り合いが始まる。
さいごは、志津子は砂と化していなくなった。 地震や津波と、亡くなった人たちと生き残った人たちの情念を描いている。
星窓 remixed version
未来の日常。ぼくらが住むミランダは、双子の月を持つ。
星間旅行は高次振動で動く特異航法船で行う。そのために、ミランダの空はシールドに覆われ、まともな空は拝めない。
時間の感覚が麻痺して、夏休みの予定を全てキャンセルしたぼくは17歳。
シールド症候群なので、星窓を買った。それは、深い闇のような星窓だった。 星窓の中で、変わった特異点があった。撮影したあとも永遠にそこと繋がっている写真のようだ。
そんなぼくの部屋に、突然姉が現れるようになる。
星窓の4Dフィルムには、ソフトウェアが仕込まれている。少年の部屋と繋がっているのか。姉はソフトに生み出された幻か。
そして、星窓は星窓でなくなり、なぜか自分自身が見えた。星窓のネジが飛んで、白い霧と姉が現れた。未来から来たと言い、キスをして消えた。
ぼくは誰だったのか。星窓はタイムリープ点だったのか。気がつくと、シールド症候群からぼくは解放され、空の星が見えた。
#銀の匙
リチャード・ウォン 父
ドリス・ウォン 母
ジャック・ウォン 4歳
アリス・ウォン 0歳
科学の進歩は凄まじく、生まれたばかりの赤ちゃんアリスの心を文字にしてみせた。
曠野にて
アリス・ウォン 五歳 飛び抜けた筆力を持つ。
石川克哉 七歳 あらゆるデータベース使う能力を持つ。
ふたりは、手を繋いで小高い丘で日の出を待っている。
ふたりは、二十人の仲間と二ヶ月間、キャンプに参加していた。
その二十人の仲間は、Cassyの異能者として集められていた。
Cassyとは、使用者に随伴し、使い手に関するあらゆる事柄を書記してくれるエージェントである。
それを使って、大量の文章を即興で作り出していくことができる異能者だ。
Cassyが参照するデータベースがBIと呼ばれる情報環境基盤である。
克哉が操るCassyは十数体に及ぶ異能を持つ。 ふたりは、目の前にある曠野を埋め尽くすゲームを開始した。
克哉が圧倒的に有利に見えた。 克也は安心しきっていた。
ようやく対応し始めたアリスは多くの協力者を使い、驚異的な反撃で勝利を納めた。
まだ、ふたりは子供である。
自生の夢
1940年代のスペインの山村 巡回上映のトラックがやってきた。
わたしはひとつの映画を選び、その冒頭部に立つ。
稀代の殺人者にして著名作家の間宮潤堂という小柄な45歳の筋肉男との長大なインタビューのお話で、インタビューそのものが「忌字禍」との闘争だった、とある。全く何を言っているのか分からない。だが、著者は、読者が理解できないことも想定済で、断りの文章を掲げている。これから綴られるのは、すでに三十年前に亡くなっているはずの稀代の殺人者間宮潤堂が死の国から蘇り、「忌字禍」なる怪獣を撃ち滅ぼす物語だという。
この設定自体も、なにやら架空めいているのだ。SFだからいいか。 地下刑務所 わたしは女性、監獄の死刑囚の間宮潤堂に会いに行く。 古い大きな洋書「モービィ・ディック」を潤堂に見せると、目の前で印刷された文字が増殖した。 何千何万という本が、このような病魔に冒されているという。 この現象は、忌字禍(イマジカ)と呼ばれている。 SFなので、人間が頭で考えたことは全て記録されるという世界になっていて、図書館の本はもとより、世界中の手書きの情報までも、巨大なシステムに取り込まれている。 ぼくは、(ここからぼくに変わるがとくに意味はないらしい)映画を見ている。 そしてまた、間宮潤堂との話が始まる。 こんどは、ぼくが間宮潤堂をも作り出しているらしい。不思議な世界で、現実なのか仮想空間なのかも分からない。システムの中で、過去の事実をもとにAIが作り出したフェイク潤堂と会話をしている。 柘植雪子(つげゆきこ)先生を追い込み、自殺に至らしめた話は、ほんの一例だ。
GEB(わたし)は、間宮潤堂にまず自分の置かれている状況と使命を認識させなければならない、らしい。わたしと間宮潤堂の会話が続く。間宮潤堂は自分の今の成り立ちをほぼ理解していた。
ある朝、詩作中に、アリスは忌字禍(イマジカ)から破壊的なコンタクトを受け、意識がとんだ。アリスは壊れて、家族を殺戮、致命傷を負った母は、娘のアリスを亡き者とした。アリスは忌字禍(イマジカ)の最初の犠牲者となったのかも知れない。
わたし(ここからわたし)は、老朽化した公営住宅にいる。振り返ると異様な光景。
左耳をむしり取った平庭彦少年とナイフが首に刺さって前のめりで倒れている柘植雪子先生。
平庭彦はのちの間宮潤堂である。
庭彦は貧困に蹂躙されていた。庭彦は、自分の才能を柘植つげ先生に受け止めてもらいたくて、先生を追い込んでしまったらしい。 と、これは、わたしの妄想なのか、いやSFならば現代の我々の想像を絶する未来を描いているのかもしれないと、読者のわたしは思った。
さて、再び、主語がぼくになる。 ここは、古い帆船の船長室で間宮潤堂と向かい合ってぼくたちは、リテラル・テクノロジーによって創出された電子的書字空間にいて、一行のセンテンスさえ確定すれば、蝟集したCassyたちが細部の描写を積み上げてくれるらしい。 潤堂は、自分が発する言葉か強すぎて人が自殺したりすることをなんとか手加減しようと試みているのだった。 人間は、Godel(検索エンジン)を通じてウェブを検索しているつもりだが、実際は調理され解析、解体、相互関連付け、匿名化されたデータをもとにGodelが好きな様に検索クエリを書き換えて結果を、表示しているらしい。 また、LEBABという統合した多言語翻訳エンジンを使う。 これは絶滅寸前の少数言語を、その話者(著作者)が死に絶えても保護するのが目的。 どうやら、この本に出てくるぼくやわたしは、電子的空間で育まれたAIのようなもので、それが作り出した死んだはずの間宮潤堂と会話しているということらしい。なんと、人間抜きで、知性を持った電子空間のアバター同士が会話している、ということか!
(ここからネタバレ、未読の方は注意)
ここから、アリス・ウォンになる。 アリスは目覚めると、端末を広げ、音漏れしないようにヴィデオスコープを繋ぐ。端末画面の内側に、ブラウン管を模した小画面が開き、十字架に架けられた自殺途上の男が映し出された。 そして、わたしと間宮潤堂の会話になる。この時代では、今で言うネット空間の情報は、個人情報が削除され、自己顕示欲を手放した世界となっているので、むしろ人々は安心してネット空間に投稿し、連想と結合が繰り返されている。いまから10年以上も前に書かれたこの小説に、このようなそれらしい予言が書き込まれていることに感心しています。 間宮潤堂は、つまりこれまでに書かれた全ては、忌字禍によるGEB(Godel Entangled Bookshelf:世界中の図書館に所蔵された書籍をデータ化し、ユーザに供する書棚サービス)へのインタビューであると、看破した。そして、緊急離脱用パスコードをわたし(GEB)から聞き出して牢獄から脱走していった。
忌字禍の正体は、人類が長い間知りたいと熱望し、掴み取ることのなかったもの。
結局、人類はネット内の正体不明の情報(この小説ではイマジカなる名前のない情報の集合体で動的な構造をもつもの)に殺戮されるということなのかも知れない。もう進化しないほうが平穏なのかも・・・。
アリス・ウォンと間宮潤堂の会話 アリスは間宮に、耳を落とした本当の理由を聞いた。理由は先生を正気に戻したかった。 現代でも、フェイクな活字を信用してしまう人は沢山いる。 間宮潤堂は、じふんの力を殺ぎたかった。 間宮潤堂と話して自殺した73人の人々は、自分の正体に気付き、それが四六時中解読されて返ってくるのだから地獄だったのだ。これを教訓とするなら、エゴサーチなんてしない方がいいということになるかな。
野生の詩藻
ジャック・ウォンと石川克哉は、ピックアップトラックの横でレーダーを見ながら大捕物前の食事を取っている。東から寄せて来る見えない力。文字の幼虫。システムへの侵入を検知した。捕まえるための罠(時間の凍った曠野)は仕掛けた。
侵入者の正体は、13歳で死んだジャックの妹のアリスが電子的書字空間に残した「野良」の詩である。
いまや、人類の書く文章、詩、文学作品の大半は人工知能が書いているというが、この設定を2016年という、いまから10年前にしていることに驚いているのは、読者のわたしだけだろうか?
文学運動は、電子的書字空間で、文字どおり文字が物理的に運動する。アリスが作成途中だった詩は、アリスが死んで、電子的書字空間で「野良」となって放たれたのだった。
ジャックと克哉は、同志七百名の協力を得て、ついにアリスの遺産を捕獲することに成功したのである。
はるかな響き
はるかな過去。一匹のヒトザルが目を覚ます。
忽然と現れた衝立てのような石板。経験したことのない音を放射する石板。
ヒトザル(骨の女)は、その音が自分の内部で鳴っていることに気付いた。
場面は変わって、高層マンション、夫婦の夫が夕食を作るシーン。
白ワインに合うのは、肉や魚のサラダ。
夫は手際良く料理を作り、妻はピアノを弾く。
人類が滅亡した。三百万年前から、わらわれは人類を監視していたが、何者かがその終焉を早めたらしい。その犯人を見つけるためには、二名のサンプルが必要だった。
そう、上に描かれている高層マンションの夫婦がサンプルとして選ばれた。
死滅した文明が犯人の故郷らしい。だが、ついには犯人を見つけることはできない。
③ 考察・解釈『自生の夢』
・人間関係
怪物とは、得てして罪の意識が無いもの。今回はGEBとCassyが怪物だけど、暴走したGEBの中の少女アリスの詩も怪物。誰が何と闘ったのか、なんだったんだ、という読後感が残った。
・心理描写
AIが文字だけの情報から、間宮潤堂という人格を細部まで実現していることや意志を持っているように見えることは、実際の人間の存在に疑いを持つことにつながる。映画「マトリックス」を見たときの衝撃と似ているかも知れない。あのあと、そんな現実はないだろう、と忘れ去ったように暮らしている自分は、もしかしたらバーチャル?と考えてしまうことがある。
・社会的メッセージ
10年前、著者がどう思っていたのかは、聞いてみるしかないが、ネット内でのフェイク、中傷などのまん延や検索・AIへの依存を危惧している、というのは安易だろうか。
④ 読後感・総評『自生の夢』
・印象に残ったシーンと読み終えたときの感情
「だれかが検索を行うたびに、きみらは生み出され、答えを書き出し、そこで用済みになる」 たしかに、AIが考察・回答する内容は、もとの情報が新事実で書き換わるたびに更新されるのだから、答えを出した瞬間に用済みになる。我々人間の検索意欲の凄まじさを考えてしまう。何が真実なのかを考察しているヒマもない。こんな世界でいいのか、とさえ思ってしまう。恐ろしい時代になってしまった。いや、この物語をAIがすっかり広まった2026年の今から10年も前に書いている飛さんの筆力のほうが恐ろしいか。
・読む価値がある理由
バーチャルな世界だけで成立してしまう、壮大な映画を見られるから、十分に読む価値があると思うが、読書慣れしていない人、SFが苦手な人が、目次の順番に読んで、果たして「自生の夢」までたどり着くことができるのか疑問だ。このブログがそのような人たちを少しでも救済できることを祈ります。
〆
