悠々として急げ

 ~未知との遭遇 in books & libraries~

コルトM1847羽衣 月村了衛 背中にコルトを背負った和風美人の渡世人が命を懸けて男を救おうとするが...

この本を読んで、記憶のためのあらすじと感想を残しています。じっくり読みたい方は本をお読みになってからご覧ください。

さて、久々に読む時代物か。装丁の美人が気になる。どちらかといえば現代美人のような気もするが。

目次のうしろを確認すると、装画はイズミタカヒトさん。調べてみると、やはり和美人画が得意らしい。そういうつながりで書を探していっても面白いかも知れない。

目次:

序の段 お炎登場 

P7-120

女渡世人 羽衣お炎。 今の身分は、越後出雲崎に住まう踊りの師匠
あとに語られる身元を記すと、お炎は江戸でも知られた侠客、七房の清五郎の娘とのこと。女ヤクザですね。美人はこわい (;^ω^)

佐渡に送られた、お炎の夫になるはずだった権三こと青峰信三郎を探して、その身分を隠して佐渡に渡ってきたお炎であったが、さっそく、得体のしれぬ輩に命を狙われる。

鵯(ひよどり)の佐吉は、お炎の父清五郎の古い馴染みで細工の職人だ。佐渡の道端で佐吉が作ったと思われる「月と日のかんざし」を身につけた小娘に会うが、見せてくれと言ったとたん、忍者のごとく姿を消した。

その娘の名はおみんといって、軽業師(注)である。
(注):軽業(綱渡り や竿 (さお)のぼり,倒立回転,籠 (かご)抜け( 輪抜 け),空中ぶらんこなど)を演じる芸人

そして、青峰信三郎は、薩摩藩江戸屋敷のお留守居役・青峰忠治が三男、文武両道の逸材で、お炎が唯一心を許した相手である。
(ま、小説なので、出来すぎた設定は問題ない。)

さて、話は少し遡り、お炎がのちに子分にしたおみんに話したのだが、かつて渡世の旅で尾道宿にいたとき、やくざに絡まれていた豪商の四海屋幸兵衛を助けたことで、お炎は幸兵衛にすっかり惚れこまれたらしい。
そして、四海屋の本拠地である長崎までの護衛を頼まれたのであった。

半年ばかりも経ったか、四海屋が情報を掴んできた。
『山塩屋八右衛門という材木屋の主が、木材買付の商用で上州永井宿を通りがかったとき、ちょうど佐渡へ送られる無宿人の一行と行き逢った。』
その無宿人の様は、『頭から左頬にかけて大きな傷のある』と言う。

聞けば、盗賊に襲われて身ぐるみはがされたうえ、頭を切りつけられたためか記憶を失ったせいで、身許不明者として扱われ、水潜人足として佐渡へ送られたとのこと。
(この時代は、お上の都合で何でもありだったのであろう。)

そのうえ、豪商の四海屋でさえ、「その件には関わらぬがよい」と、大目付の御用人から言われたのである。

佐渡に渡る前に、お炎は四海屋のとりなしでアメリカ人のヘンドリクスにコルトの使い方の修練を四カ月に亘って受けたのである。

さて、話は佐渡に戻る。

このところ、佐渡では死人が多いらしい。今も墓穴が掘られ、僧侶が読経しているところだ。「何もかもオドロ様のせいじゃ」

お炎とおみんは、信者の跡を付けてアジトにたどり着くが、崇拝されている銅像を見て驚く。その姿は頭から頬に赤い傷を負った信三郎のごとし。信者に見つかって追われるお炎とおみん。絶体絶命かと思われた二人を救ったのは、与四松とその手下であった。

佐渡奉行とオドロ党の間で、金の取れ高に関する密約が結ばれている。ただし、このことが、ご公儀に知れると佐渡奉行の失脚も間違いなしという。そのため今回の騒ぎは佐渡奉行の怒りを買うことになった。

与四松らは、『黄泉黒坂の果てに黄泉泥神すなわち金山御道路命おわします』という文言を調べてきていたのであった。
オドロ様はお山の底の、そのまた底にいるらしく、そうであれば、また信者のアジトである金の採掘場へ行くしかない。

破の段 異界巡礼 

P121-237

お炎らは、金の採掘場への道案内として、間山口番所役の高田壱右衛門を買収することに成功する。

高田壱右衛門の手引きで、金の採掘場の奥、オドロ様の居るといわれる地底の奥に進み、中央に焚かれた護摩壇の火。祝詞を上げる宮司に飛び掛かろうとしたその時、黄泉黒坂からオドロ様が現れた。「お炎・・・・・・」

長い長い逃亡と格闘の末、オドロ様に反目する工夫にも助けられながら逃げるが、崩れた坑道の土砂の濁流に呑み込まれた。

斉彬公は、解き放った十三人の脱藩浪士にイギリスから入手した阿片を持たせた。

土砂の濁流に呑み込まれたお炎は、おみんに助けられる。

与四松は奉行所に忍び込み、駆け付けた宮司と奉行の会話を盗み聞くも、なんとわずかな音で見つかってしまう。

与四松は、奉行所を脱出し、十海丸からおろした荷を隠した岩屋へ向かう。お炎がコルトの火薬と鉛玉を取りに来るはずと考えた。

急の段 黄金大殺陣 

P238-368

お炎、おみん、与四松の三人は合流し、お互いの情報を交換し合った。

まずは、薩摩の脱藩浪士が通ると予想した道に張り込んで、二名撃退。持っていた阿片を手に入れた。

津田屋に直接乗り込んだお炎であったが、七月十日に何があるかと聞けば、ご金蔵に溜まった金を出雲崎に運ぶ船出の日だということだ。冠城弥十郎と薩摩の脱藩浪士らは、その略奪を狙っている。

お炎らは、略奪を阻止しようと相川へ向かうが、途中冠城弥十郎らに待ち伏せされる。そしてことの次第を冥途の土産に聞かせてくれたのだ。

ことの次第は、本書をお読みください。
ここからは息もつかせぬ戦いが繰り広げられる。その内容も読んで楽しむべし。

(この小説の中に出てくる、身分ある方に仕える身分なき玄人と呼ばれるものたちの鬱積した思いが、端々で語られる。これは現代のサラリーマン社会のことを比喩しているようでもあり、それならここでの玄人は現代のサラリーマン社会の誰であろうか。)

そして、同じく身分のない隠密の冠城が言う『家柄ばかりを誇り、身分のない者を軽んじて人とも思わぬ。ろくでなしの穀潰しよ。知恵において優る者に従うは当然。それ以外に使い途は無い捨て石じゃ』と。

船が出港しようとしたまさにそのとき、漆黒の暗闇から銃声が聞こえ、港に並んでいた役人たちが倒れていく。

お炎らは、急ぎ山を下り、港へ向かう。
次々と現れる信徒らに向けて、奪った阿片を投げつけ彼らの戦闘能力を無力化した。

ついに、冠城弥十郎らを追い詰めたそのとき、後ろから斬りかかったのは・・・・こやつが内通者であったか。

聞けば積年の恨み、佐渡に生まれた武士には一生栄達の道は無く、江戸から来る奉行らの手柄のための踏み台とされ、その屈辱やいかほどであったかと。

そのあとも、互いに引かぬ戦いは続き、弥十郎が言うには、信三郎はまだ御直山に籠っているという。それを聞いたお炎は、ここを与四松らに任せ、急いで御直山へ向かうのであった。

ところが、もはや相容れぬと悟ったお炎と信三郎は、なんと暗闇の中で戦うことになるのである。

黄泉の黒坂への穴から吹くかすかな風が遮られた時、お炎は最後のコルトを放った。
その衝撃で地下の坑道が崩れた。

終の段 羽衣抱影 

P369-389

嘉永六年(一八五三年)七月、江戸は日本橋の四海屋本店。おみんは四海屋の養女となり、今はお嬢様と呼ばれているが、一年前のことを忘れられないのであった。

あの時、姐御を助けに行きたかった。。。

さて、そのときの佐渡奉行だった中島真宰が、任を解かれて江戸に戻ってくるという。

おみんの心にも失望が大きく影を落とし始めていた七月も終わりのお茶の稽古の帰り、ふと、お炎と信三郎様が出会ったという両国橋が目に入った。

!!!