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鷺と雪 北村薫 教養と人生訓と時代ならではの背景を踏まえた謎解きが面白い。時代小説と推理小説を同時に楽しめる。久々のお気に入り本だ。第141回 直木賞受賞作

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目次

まえがき

第141回 直木賞受賞作
短編三部作となっています。表題の作品は、第三話目に収録されています。

「不在の父」
「獅子と地下鉄」
「鷺と雪」

この本の備忘録として、あらすじと感想を残します。

あらすじ

<不在の父>
教文館という銀座の書店に兄と来た花村英子(えいこ)は、学校の授業で先生が暗唱された詩は、誰の詩だろう。北原白秋かな、などと考えている。
兄と地下の喫茶店で、不景気だから、インテリなんかでも窮迫して、ルンペンになっている人がいると聞かされる。
不景気でインテリでもルンペンになるんだぞと、裕福な兄妹はまるで他人事のように話している。
滝沢吉広子爵は、桐原侯爵のお嬢様道子と同級生で、妙な魅力があると兄は言う。
兄はその神様のような人が、浅草の暗黒街でルンペンになっているのを見たという。
花村英子は園遊会で桐原道子と話す仲の良家の子女である。財閥やら華族やらと日本の上流階級の方々の話である。道子はその吉広に惹かれているようであるが、吉広は子どもに襲爵させ、ここ五六年は見かけなくなったという。英子の兄の話(浅草のルンペンが吉広さんに瓜二つ)を聞いて、吉広さんを探す決意をする。
英子はフォードで送り迎えをしてもらうが、運転手は女性のベッキー(別宮みつ子)さんである。そのベッキーさんと三人で捜索を開始する。果たして、吉広さんは見つかるのか。吉広宅で真相を聞き出した道子は、行動に出た。

<獅子と地下鉄>
引き続き、花村兄妹が登場。道子さんの縁談の話。「アメリカ通信」という雑誌で西洋の考え方を知ったことなど。そして「地下鉄道物語」なる雑誌には、改札口の仕掛けの話が載っていたりした。また、ある日の新聞には、ブッポウソウと鳴くのは、コノハヅクという鳥だと断じられていたという。
そして、英子宅に叔父の弓原太郎子爵夫妻が訪れ、父母と英子が晩餐を共にした。
そこで、獅子の話が出る。石橋(しゃつきょう)という能のこと。千尋の谷の話もでて、それは「連獅子」という歌舞伎だという話になる。
弓原松子叔母は、自分の知り合いの小学生が夜の九時に出歩いて補導された件について、英子の意見を求めてきた。その子のノートには、「ライオン」と書いてあって...。英子は、お抱え運転手のベッキーさんと、なぜその小学生がそんなところで補導されたのかを、危険な目にも合いながら、真相に近づいてゆく。。。

<鷺と雪>
三越本店入口のある像にまつわる出来事から話は始まる。
たわいのない家族団欒の中での会話である。
始業式の日、英子は運転手のベッキーさんに、兄と映画に行く話をした。大人びた映画の「虚栄の市」は、今までにないオールカラーである。
すっかり秋になったころ、叔父の弓原太郎子爵が来て、英子を観能に誘った。ものは、『鷺』である。当日、菊を散らした着物に着替え、細川家能楽堂へ。主役の万三郎が、『鷺』で面を使ったのだが、異例のことだったらしい。
能にハマったのか、英子は叔父叔母と銀座の能面展に出かけた。そこで学校で同じ組の美しい小松千枝子さん家族とあいさつを交わす。そのすぐあとのことである。英子が能面を見ていると、大きな音がした。振り返ると小松千枝子さんが倒れていた。
帰りのタクシーで英子は思った。千枝子さんは、なぜ倒れたか? なにかが不自然だった。彼女が倒れたときに見ていたと思われる「今若」という、貴公子の容貌をした若い男の面が関係あるのだろうか。そのとき、千枝子から言われた「今日のことは、どうか、ご内聞に。」という言葉も引っかかってきた。
時は流れ、英子はベッキーさんに東京駅まで送ってもらった。伊勢への修学旅行である。その後、大阪、神戸、明石、京都、奈良、天橋立へ。金持ちは豪華な修学旅行である。そして、写真には写りたがらない千枝子に「東京に帰ったら、話を聞いてほしい」と言われた。後日、英子の自宅で、千枝子が展示会で倒れた理由が明かされる。
写真を撮られたくない理由も。
英子は、二月下旬の寒い日に、かつて偶然の出会いをした陸軍将校の若月英明さんに頂いた、山村暮鳥の詩集「聖三稜玻璃」を思い出していた。巻頭には、「囈語」という詩があった。
窃盗金魚
強盗喇叭
恐喝胡弓
賭博ねこ
騒擾ゆき

騒擾ゆき、は雪がふるとき、国を騒がすことが起きるという発想から、桜田門外の変を思わせるらしい。
そして、花村英子の淡い想いは、歴史的な事件を思わせて。。。

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作品の背景(参考文献のページから)

<不在の父>
実際にあった「松平斉事件」をもとに、作者が創作されたとのこと。

<獅子と地下鉄>
当時発行された「朝日新聞」の縮刷版、「報知新聞」「都新聞」のマイクロフィルムや三越百貨店、地下鉄博物館、逓信総合博物館、日本カメラ博物館、女子学習院ご卒業の方の資料とお話を参考にされたとのこと。

<鷺と雪>
「芥川龍之介全集 第5巻 月報五・昭和三十九年十二月」に載った「東屋での数日」として書かれた、葛巻義敏さんの文章に出現する、芥川と過ごしたときのエピソードがもとになっているとのこと。

作品の感想

<不在の父>
英子とその父の会話から、華族の苦労などが語られる。公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵と階級があり、どこに立てるかが大問題らしい。侯爵までなら無条件に貴族院議員とのこと。伯爵から下は互選というから、いろいろあっただろうと予想はできる。
そして、欲しくもない爵位をもらったのだとしたら、その重荷に耐えかねて逃げ出したくなることもあろうかとは思うが、平民からみれば、何を贅沢な悩みかとも言われそうである。
子爵が誰にも知られずに姿をくらました方法の謎解きもあり、推理好きにも少し興味が湧く内容も盛り込まれている。
最後は、決して世に言うハッピーエンドではないものの、なにか清々しさを感じた。

<獅子と地下鉄>
昭和の初めは、まだ華族というのがあったのだろうか。調べれば、明治から戦後の日本国憲法が発布される昭和22年まで存在したという。
弓原松子叔母から、自分の知り合いの小学生が夜の九時に出歩いて補導された件について意見を求められた英子は、運転手のベッキーさんとその理由を調べるのだが、世間知らずのお嬢様の危ない行動と、それを見守るお抱え運転手のベッキーさんの頼りになるところなどがとても良い。私もベッキーさんのような頼れる部下がほしい。補導されるようなところにいた理由が、家族同士の思いやりというか、子どもながらの心遣いというか、親世代の読者の心を熱くさせるのではないか。

<鷺と雪>
名家のお嬢様は、いろいろ芸能にも通じなくてはならないようで大変である。能についても知識と実践(観能)が必要らしい。謡曲全集なるものは、能の参考書であろう。下賤の私には分からない。能面というものもまた日本独特の美術品であるが、『鷺』では、鳥を演じるのは16歳以下、60歳以上でお面をかぶらないが、この年代が人間臭く無い(鳥だけに)からだという。ほんのちょっとだけ能について勉強したような気になる。さて、またしても英子の周りで不思議なことが起こるのだが、困ったときはベッキーさんに解決をお願いするのである。
修学旅行で清涼殿にて、「清少納言が《気味が悪い》と眉をひそめた荒海の障子などを見る。」と書かれていると、その障子を見てみたくなる。便利なもので、ちょいとググれば写真が見られて、なるほど、これは気味が悪いかなどと思った。それよりも清少納言の人柄がほんのほんの少しだけ知れた気がして面白い。
話は飛ぶが、このあと出てきたドッペルゲンガーとは何だろうと思い、調べることで、また教養が増えた。読書のおかげである。
難題は、ベッキーさんが華麗に?解決してくれるわけであるが、それよりも英子を諭すベッキーさんの言葉は、私が諭されているような気になってくるのである。それは以下のようなお話である。英子の学校のかなりご年配の先生が新年の祝賀式でいわれた「あらたまの年の初めには願い事をなさい。願えば必ずかなうものです。」というお言葉について、「ずいぶん無責じゃないかしら。」と言う英子に対し、「別宮(ベッキーさんの本名)には、そのお言葉が多くの哀しみに支えられたものに思えます。―お若いうちは、そのような言葉が、うるさく、時には忌まわしくさえ感じられるかも知れません。―ですけれど、誰が言ったか、その内にどのような思いが隠れているか、―そういうことをお考えになるのも、よろしいかと存じます。」 英子は一言もなく頷いた。
我が家も名家で金持ちであったなら、ベッキーさんのような運転手というか相談相手が欲しいと思う。
そう思っていると、桐原侯爵家の勝久さんまで、このときの日本の行く末について、身分の違う運転手の別宮さんに一目を置き、尋ねるのである。やはり誰の目から見ても頼りたくなる人のようである。ベッキーさんシリーズがあるようなので、遡って読んでみようと思う。これが最後ならもったいない気がする。

主な登場人物

<不在の父>
花村雅吉 英子の兄
花村英子
川俣 子爵家のお坊ちゃま 農林水産省鳥獣調査室嘱託
(軽井沢で、ブッポウソウという鳥とそう鳴く鳥は、別物だと教えてくれた人)
滝沢吉広子爵 道子さんの叔父様の奥様のご兄弟
桐原道子 大名華族の中の名門、桐原伯爵家のお嬢様
ベッキー(別宮みつ子、べっくみつこ)さん
軍人の若月さん

<獅子と地下鉄>
相羽子爵 道子と結婚か。。。
弓原太郎叔父
弓原松子叔母

<鷺と雪>
北村花子
小松子爵家の御令嬢 小松千枝子さん
桐原伯爵家の御令嬢 桐原道子さん
その兄 桐原勝久さん
軍人の若月さん

北村薫さんのプロフィール(本書の紹介文より)

1949年、埼玉県生まれ。きたむら かおる。
早稲田大学第一文学部卒業。大学在学中はミステリ・クラブに所属。

著者の作品(本書の紹介文より)

高校で教鞭を執りながら、84年、創元推理文庫日本探偵小説全集を編集部と共同編纂。
89年、「空飛ぶ馬」でデビュー。91年「夜の蝉」で日本推理作家協会賞を受賞。
「秋の花」「六の宮の姫君」「朝霧」「冬のオペラ」「水に眠る」「スキップ」「ターン」「リセット」「街の灯」「ひとがた流し」「玻璃の天」などあり。
また、アンソロジーのシリーズ「逆のギャラリー」などにも腕をふるう“本の達人”である。

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