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『バリ山行』あらすじ・感想 第171回芥川賞(2024年7月17日)

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著者:松永K三蔵

目次

はじめに

決められた縦走路ではない未開の山中を山岳地図の等高線などの情報だけで道を切り拓いていくバリ山行(さんこう)。スリリングな描写は必読。主人公が勤める中小企業の大変さも描かれて、世俗から離れるバリ山行とは何なのか。

あらすじ

登山歴二十年の松浦さんがリードする山岳部と単独山行をする妻鹿さんのどちらとも関係がある主人公の波多は、妻鹿(めが)さんがバリ山行をしていることを知り、ひそかに山行記録アプリの中の妻鹿さんをフォローしていた。

会社の社長が変わって、先代とやってきた藤木常務が退職すると、会社の方針も大きく変わった。小口の仕事を営業で取ってくるやり方を捨て、大手の下請けとなって安定を選んだ。そのため営業課は、下請けからの依頼やアフターサービスから撤退しなければならず、営業課は小口企業との取引を断らなければならないというつらい仕事を任された。

やがて、親会社のアーヴィンHDからの仕事が来なくなり、社長はアーヴィンHDの子会社のCEOでアーヴィンHDの役員の角さんといつもどこかに出かけるようになっていた。子育て中の波多は晴れない気持ちを抱えて、平日にひとり山行をするようになっていた。そして人気を避けたい気持ちから妻鹿さんがやっていたバリ山行に気持ちが動く

波多が前職でリストラ要員になった理由は、付き合いの悪さだった。転職して今の会社では積極的に付き合うようにしていたが、前職の記憶が薄らいで最近は油断していた。

担当していた重要顧客から工場の水漏れのクレームが来た。服部課長に相談しても、お前の仕事やろと言って聞いてくれない。最後に頼ったのは防水職人の妻鹿(めが)さんだった

誰が調査しても分からなかった漏水箇所を妻鹿さんはわずかな時間で特定した。

波多は、妻鹿さんにバリ山行に連れて行ってくださいと懇願する。

阪神御影駅前で妻鹿さんと待ち合わせた。予定のコースは、西山谷から天狗岩を通り適当に東に進んで芦屋まで抜ける10キロ程度のものだったが、だが、この「適当に」というところで地獄を体験することになる。

バリはさ、ルートが合っているかじゃないんだよ。行けるかどうかだよ。行けるところがルートなんだよ(妻鹿さん 104)

ご家族がいるでしょ! いいんですか? 仕事でも山でも好き勝手やって。妻鹿さんも責任があるんじゃないですか? 妻鹿さんが死んだらどうするんですか。無茶やって、本物の危険とか、妙な感覚か何か知らないですけど、逃げてるだけじゃないんですか、向き合うのは山じゃなくて、生活ですよ。会社ですよ。個人面談って、あれ、人員整理ですよ? 妻鹿さん、一番危ないって言われてますよ? 好き勝手やってたら、ほんと危ないですよ(怒りに任せて波多が妻鹿さんに言い放った 128)

慎重すぎる妻鹿さんにイライラして追い抜いたとき、滑落して枝に掛かった波多は、妻鹿さんに救助され九死に一生を得た。感情的になった波多の未熟さが出た。

下山した翌日から1週間肺炎で寝込み出社できなかった。人員整理の前に波多の会社での立場は悪くなったと思われた。

年末の仕事納めまで休むことになった主人公は、年明け19日ぶりに職場へ顔を出し、会社の状況が一変していることに驚く。大口の受注が決まり忙しくなること、妻鹿さんを含め営業が三人も辞めてもっと忙しくなることなど。人員整理の面談は中止となって、大口の工事の対応などに大忙しの状況に一変していた。

ただ、妻鹿さんが辞めたことが気になり、山行記録アプリを確認すると、すでにアカウントは消されていた。波多は妻鹿さんとのバリ山行を経験してから、会社の山岳部での山行には興味がなくなっていた。ひとりでバリ山行したくなっていたのである。

なぜ、九死に一生を得た経験をしたバリ山行に惹かれてしまうのか

波多は家族の目を盗んで六甲山でのバリ山行を続けた。会社は残念ながらあの大口工事のあとは、また以前の受注待ち状態に陥った。何も変わっていなかったのだ。

工事課の課長が急に辞めた。波多は妻鹿さんが社長に小口工事の営業を提案して拒否されて辞めたと聞いた。妻鹿さんは会社のことを考えていなかったわけではなかった。自分でやれることをやると言っていたが、波多は誤解していたのだ

藤木常務のノートを持ち続け、社長に直談判した妻鹿さん。妻鹿さんなりのやりかたでやっていたのだ。大手の下請に甘んずることなく、ひとり客先を廻って直接営業、元請で工事を受注する。それはどこか整備された登山道から外れ、径のない藪に分け入るバリと通じるのかも知れない。(159)

妻鹿さんに謝りたかった。そのためにもバリ山行をするしか、もう方法はないのだった。

考えてみれば、私は妻鹿さんにひどく悪いことをした。完全に私の不注意から怪我をして、事故を起こして死にかけて、それを救ってくれた妻鹿さんを私は痛烈に批判した。(中略)妻鹿さんがバリで感じていることを私は理解できないのかも知れないが、それは妻鹿さんが感じることなので、私がとやかく言うことではないはずだった。(波多は冷静になって反省している 138)

ある日、バリ山行で先を歩く人の気配に気づく。もしかして妻鹿さん!

だが、追いついたと思ったところに人影はなく、ミツバツツジの枝に、妻鹿さんがいつも使っていた青いタータンチェックのマスキングテープが残されていた。

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感想

さて、著者が書きたかったのは何であろう。いろいろあると思う。

現在の中小企業の経営が社長によって大きく影響されること、下請けからの脱却の困難さ、社員たちの頑張りに見合わない人員整理という仕打ち、このようなことは、江戸時代よりももっと前からもあったことだろうと思うと、人間社会の変わらなさ、運不運を感じてしまう。

それでも、妻鹿さんがいうように、自分がやれることをやるしかないということ、自分の信念を持って生きろ、ということを書きたかったのかも知れない、と思った。

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