書評・感想
今回ご紹介するのは、六編からなる短編集です。「こわいもの」というタイトルからはあまり内容が想像できませんでした。幽霊的なものなら「夏のこわいもの」の方が合っているし、「冬のこわいもの」なら雪女でもいいな、「春のこわいもの」ってなんだろうと思いつつページをめくると、・・・それは、コロナ禍の日常での精神の崩壊のような。。。
そのこわさが六通り紹介されている。オチは書いていないので、興味がある方は、実食あれ。
内容紹介
青かける青
もしかしたら現実のわたしはもうとっくの昔におばあちゃんになっているのに、認知症か何かになっていて、二十一歳のわたしだと思い込んでいるだけかもしれないんだもんね。
認知症は、人類が死への恐怖から逃避するためのメカニズムだとすれば、わるくない “しくみ” だ。
入院してから一ヶ月が経つ、ほんとは若い女性の、誰かに宛てた手紙。
入院は、自分自身を見つめるいい機会にも悪い機会にもなる。
毎日が規則正しいといろんなことを考えてしまうらしい。
あなたの鼻がもう少し高ければ
SNSのインフルエンサーに、今日会える! トヨは緊張していた。
フォローしているモエシャンの面接を受けるらしい。
高級ホテルの上階での面接に緊張して、やはり結果は不合格。
せめて、整形して可愛くなってから来て! と言われたら落ち込むだろう。
「なんでブスのまま来てんの?」
ストレートな物言いだ!
マリリンと同時に不合格を言い渡されて外に出ると、休憩のため、最初に目についたカフェに入った。
なぜか、あとからマリリンも入ってくる。ふたりでビールを頼んだ。
話題は、SNSやインスタで稼いでいる女性のこととか。
トヨの若い頃の記憶を辿りながら、素性も知らないマリリンの顔を見つめる。
「・・・手術して色んなところを変えた顔と、歳を取って自然に変わったしまう顔って、いったいどこが違うのか」
ブスに生まれたばかりに受ける理不尽な扱いに二人の話は尽きない・・・。
花瓶
もうすぐ死ぬ老婦人が、好きなことを語る。
通いの家政婦が来ると、老婦人は、その太った家政婦の性交をときどき夢想した。
老婦人は、自分が若かったころの夫以外の男性との性交を思い出し、それを家政婦に話す。
家政婦は、老婦人の戯言を聞き流しながら言う、「ああ、少し疲れちゃいましたかね。」
老婦人は、家政婦の名前を思い出せない。
寂しくなったら電話をかけて
四十一歳の女。
どいつもこいつもテレビとかで大金をもらって偉そうなことばかり言ってるわりにああでもないだのこうでもないだの、けっきょく誰も何も分からないなんてどっちが馬鹿だよ・・・
腹が減って、何もないから外出して、カレーを食べた女が、自宅とは反対方向へ歩きながら、いろいろ思考、妄想する。
何ひとつ出来事は起きていないのに、すべての出来事は期待外れで、それでいて裏切られた気持ちになる。
スマホを見る。
あなたが見つめる画面には、知りたいものも読みたいものも、知るべきことも読むべき物も本当はありはしないのに、あなたはどこからも目を逸らすことができないでいる。
現在のスマホ中毒者の、それもほとんどの国民の状況をうまく説明している。
女が気に入っていた女性作家が、SNSを始めた。
しだいにつまらない投稿が増え、好きな小説を同じ人間が書いたとは思えず、女は怒り、女性作家を攻撃した。
ついに女性作家は自殺してしまう。
女は自分の書込みに対する批判を見て怖くなる。
自分のアカウントを削除する。
そして、吐き気を催す。
また外出し、昼間と同じカレーを食べた店に入ると・・・。
ブルー・インク
よりによって、彼女からもらった手紙を失くした。
彼女は、自発的に自分の意見を文章にすることに対して、とても慎重な性格だった。
「書いてしまうと、残ってしまうから」と言う。
手紙を失くしたことを、電話で彼女に告げると、しばらく沈黙。。。
そして、夜の十時に学校へ手紙を探しに行くことになってしまった。
だが、どれだけ探しても、「1年ぶりに貰った彼女からの2度目の大事な手紙」は見つからなかった。
失くした自分が悪いとは分かっているのに、謝ることができない。
(何やってるんだ!と誰もが思うところである。)
ついに、夜の校舎で彼女は泣き出してしまう。
なかなか泣き止まない彼女に対して、主人公はイラ立ち、性的な妄想をはじめた。
できるんじゃないか。。。まさか
・・・
・・・
彼女は無言で立ち去った。
なぜか、翌日から学校は一斉休校となり・・・。
娘について
よしえちゃんは、同級生の見砂杏奈と東京へ出てきて、二年ほど同居していた。
ところが意見が合わなくなって、同居を解消したあとは、15年ほど音沙汰が無かったのだが、突然電話が掛かって来た。
よしえは、杏奈と別れたあと、運よく小説家になり、ベストセラー作家となっていた。
なんの電話だろう、と誰もが警戒する状況だ。
杏奈は、二日前に自分の母が死んだことを告げた。
そして、スキンケアに使えるオイルの話をして電話は終わった。
次には、オイルの勧誘電話が来るのだろうかと、少し憂鬱になった。
そして、よしえは、杏奈とその母の寧子さん(通称ネコさん)のことを思い出していた。
ネコさんは、過保護というか過干渉で、杏奈はずっと干渉されて育ったようだった。
家にいないお姉さんのことを話したことも思い出していた。
お姉さんは15歳のころ問題を起こして親戚に預けられてしまい、杏奈も姉というより従姉妹のような感じだと言っていた。
当時、よしえは同居していた杏奈の態度も気に入らなくなっていた。
よしえは小説の応募も落選して焦っているのに、杏奈は彼氏を作った上に、劇団にも所属せず、高い服ばかり買ってくるのだ。そして、わたしは恵まれていないと言うので、余計にイライラしたことを思い出していた。
ところが、しばらくすると、杏奈は彼氏と別れ、新しい彼氏を作った上に、演劇への情熱も再燃し、三十歳の色気も出てきたとき、よしえは嫉妬し、杏奈が受けようとするオーディションから彼女を遠ざけ、自分の元に置いておこうと画策するようになっていた。
同時に、杏奈の母からかかって来る電話で、杏奈がいかに女優として見込みが無いかを伝えていた。
とうとう杏奈は仕送りも打ち切られ、実家に帰って行った。
杏奈の母のネコさんからの電話も掛かってこなくなったのを思い出していた。
ふっと気づくと、15年ぶりに杏奈から電話が掛かってきてから数時間が経過していた。よしえは焦っていた。自分がネコさんにいろいろしゃべっていたことを、杏奈は実家に帰ってから聞いたに違いない。応援どころか、足を引っ張っていたことがバレたかも知れない。
なぜいまごろ電話を掛けてきたのか。謝らせたいのか。そう思うと電話などしないほうがいいのに、電話せずにはいられない。出ないでほしい、と思ったが、杏奈は電話にでた。
よしえの精神は崩壊していく・・・。
川上未映子さんのプロフィール
大阪生まれ。「乳と卵」で芥川賞、「ヘヴン」で、芸術選奨文部科学大臣新人賞および紫式部文学賞、「愛の夢とか」で谷崎潤一郎賞、「夏物語」で毎日出版文化賞など受賞歴多数。(本の情報より抜粋)