悠々として急げ

 ~未知との遭遇 in books & libraries~

ビタミンF 重松 清 ひとのこころにビタミンのようにはたらく小説、家族のショートストーリー集

■まえがき
ひとのこころにビタミンのようにはたらく小説、家族のショートストーリー集です。
一見、平凡で幸せそうな、七組の家族に、突然問題が発生する。そして、この家族、果たして大丈夫なのか、と思わずにはいられない。
この本の備忘録として、あらすじと感想を残します。


■あらすじ
<ゲンコツ>
中年のおじさんが、自宅マンションの近くで群れるようになった不良中学生に対して、注意できるのか。家庭で妻に注意を頼まれても、ちょっと腰が引けている。酒を飲んで時間調整して帰宅したつもりが、遭遇してしまう。雅夫は酔っぱらっていて、頭の中では仮面ライダーの歌が流れていた。「おい、・・・・」声を出してしまった。。。
このおやじ、果たして大丈夫なのか。。。

<はずれくじ>
三人家族、父修一、母淳子、息子勇輝中一。結婚15年で、妻の淳子が腎臓結石で入院し、父と息子は話題もなく、久しぶりの二人は居心地が悪い。
息子に何か聞いても、「どっちでもいい」としか言わないので、父は苛立ちを隠せない。「なんで、こんな子になっちゃったかなあ」
そして、自分の昔の家族を思い出していた。父親のことを。父親が宝くじをよく買っていた光景が浮かんでいる。
ある日、息子は部活後の友人との遊びで、約束の7時になっても帰ってこなかった。今日は父が頑張って夕飯の支度をしていた。
返って来ない息子を待ちながら、昔のことを思い出す。父と二人で夕食を取ることになった日は、父が良くしゃべり、自分は相槌を打つだけだった。
あの頃となにも変わらない。立場が、息子から親に移っただけのことだ。
そして、警察からの電話。この家族、果たして大丈夫なのか。。。

<パンドラ>
今までに問題を起こしたことのない娘が万引きで補導された。一緒に補導されたヒデという男がコンドームを持っていたという。最悪だ。父親の孝夫は娘とどう向き合ったら良いか分からなくなる。急に娘が大人びて見えた。
孝夫は、なぜか友人から最初の彼女の電話番号を聞き出す。おじいちゃんになるまでは掛けないと思う。昔の彼女に電話を掛けることは、パンドラの箱を開けるようなものだと友人は言う。
そして、ついに娘の彼のヒデくんの素性を調べた妻が肩を落としていた。
娘は部屋から出て来ない。この部屋もパンドラの箱か。
この家族、果たして大丈夫なのか。。。
パンドラの箱に最後に残ったのは、何だったのか。

<セッちゃん>
転校生のセッちゃんが、クラスからシカトされている話を聞くにつけ、いい気はしない父であったが、正義ぶってかばっても我が子が危なくなるのは避けたかった。
娘は「嫌い」と「いじめ」は違うとからしょうがないよ言うが、両親はしっくりこない。
そして、来なくていいと娘が言っていた運動会をコッソリ見に行って、愕然とする。
いじめられていたのは、セッちゃんではなくて、我が子だったのだ。
しかし、娘が何かクラスメートにしたわけでもないので、みんなに謝ればいいわけでもないと、学校側も分かってくれているのにどうしたらいいのか。
この家族、果たして大丈夫なのか。。。

<なぎさホテルにて>
岡村達也は、昔恋人の有希枝と来たなぎさホテルに、17年ぶりに新たな家族4人でやってきた。17年前にホテルの『未来ポスト』という配達機能つきのタイムカプセルサービスを利用したことが気に掛かっていた。当時の恋人有希枝が、17年後のちょうど2000年の達也の誕生日にメッセージを書いていたのである。
事前に実家にメッセージが届き、その中身を読んだ達也は、夫婦関係がうまくいかなくなっていることも手伝って、2000年になぎさホテルで会いたいなあという内容に引きずられてなぎさホテルに家族連れで来てしまった。
今の妻は、乗り気ではなかったが、最後の家族旅行のつもりで来ていた。

ちょっとした妻の姿にいらだつ。その姿を見てもきれいだと思えなくなった。妻が悪いわけではないが、この女と一生夫婦でいるのが俺の人生なのかと思ってしまうようになっていた。
夕食のフランス料理のあと、スペシャルデザートが出てきた。ついていたプレートのには妻の名前ではなく、ゆきえ と書いてあった。
この家族、果たして大丈夫なのか。。。

<かさぶたまぶた>
普通の四人家族。父母息子娘。息子は高3で大学受験に失敗したが、とくに気にしている様子もないが、逆に優等生の小6の娘は、名門中学に合格したのに元気がない。妻と夫は、娘に気を使って、何も聞けない。しばらくして、妻と娘の様子がおかしいことに気づく。意を決して娘の部屋に入ると、妻と娘がうつむいたままだ。聞くと、卒業時の慣習で、卒業生の似顔絵を体育館の二階に展示するのだが、絵のうまいはずの優香だけが描けないでいるらしい。一枚のパネルにして展示するのでクラスにも迷惑が掛かっているという。
優香は、耳の不自由な子らのいる「風の子学園」で、いっしょに遊ぶことになったときに、「だるまさんがころんだ」をやろうと提案してしまい、耳の聞こえない子にとんでもない提案をしてしまった。そして自己嫌悪に陥り、自画像が描けなくなってしまった。
でも、父の政彦には相談しないでくれと言ったという。
妻はもう自画像は載せなくてもいいと言うが、政彦は「あとで後悔するぞ」という。
「お父さんに黙っててって優香が言ったのは、そういうところなのよ」と妻が言う。
そして、大学受験に失敗した息子が合格した友人らに一人だけ浪人する息子を励ます会を開いてくれたが、励まされるどころか泥酔いで帰ってきて、リビングで暴れまくった。説教しようとした父に向って息子が言った、「俺らずーっと、うんざりしてんだよ、・・・カッコつけて余裕こいて・・・」
この家族、果たして大丈夫なのか。。。

<母帰る>
今年、古希(70歳)を迎えたタクの父は、10年前、妻から離婚された。妻は父と同い年の中村さんの内縁の妻となるが、今年の夏に中村さんは無くなり、中村家とは縁を切られたという。
そして、それを聞いた父は、タクの姉に「お母さんに連絡して、もう一度いっしょに暮さないか聞いてくれ」と言うのだ。
タクはふるさとに帰省することにした。その飛行機で姉と別れた男に会う。今日は甥っ子と父子の再会日なのだという。
空港に息子を連れてきていた姉は、二人が一緒に降りてきたので驚いていた。
実家に帰ったタクは、父との会話が進まず時間を持て余す。71歳と37歳の息子には会話ネタがない。
ビールを飲んで、寝てしまう父。父と子は、出て行ったはずの母さんのことを話した。父は別に恨んではいないというが、息子は納得しない。父は「三十三年も連れ添った女を、一人暮らしのまま死なせたくない」と言う。
そんなところへ、姉と別れた浜野さんから電話が入る。翔馬くんが怪我をして病院からだというではないか。
そのことで、家族は結果として病院に集まる形になり、浜野さんはタクに言う。「いなかを出て東京で家族を持った君と、家を出て他の男と暮らしたお義母さんは同じじゃないか。そして、お義母さんに戻ってきてと言うお義父さんを責める資格はないと思う。」と。
その証拠に、拓己もはやく妻や娘たちの居る東京へ「帰りたい」と思っている。
タクは、少し酒を飲んだいきおいで、母に電話してみた。母の声を聞くと、冷たい声は出せなかった。
この家族は、きっと大丈夫だろう。。。

■作品の背景(後記から)

 ビタミンFはない。ないから作った。ひとの心にビタミンのようにはたらく小説があったっていい。そんな思いを込めて、七つの短いストーリーを紡いでいった。
(2000年7月)

■作品の感想

<ゲンコツ>
2000年頃なら、私も同じ年代だろうか、マンションの自治会で防犯委員になると、夜回りの義務があった。五人ぐらいで回るので怖いということはなかったが、この小説のように一人で遭遇したら、どうなることであろう。おやじ狩りのあった当時なら雅夫さんの気持ちはよく分かる。だが、雅夫のようにゲンコツを作って身構えることはできないし、見えないフリをして通り過ぎるだろう。

<はずれくじ>
父の苛立ちが良く分かる。「なんで、こんな子になっちゃったかなあ」とつぶやきたいのだ。
修一の昔話で、父と二人で夕食を取ったときは、父だけがしゃべり、息子の修一は相槌を打つだけだったとは、よく似た家庭は日本中にあるのだと思った。そして、田舎の母と電話して、思うことも全く同じだった。これはいかんな、と考え始めた。

<パンドラ>
パンドラの箱とは、正確には「パンドーラが持つ箱」らしい。人類発の女性パンドーラが持つ箱(壺)には、悪いものが詰まっているという。
平凡な四人家族の話であるが、娘はいつしか不良と付き合うようになり、父が理想の家庭だと思っていた状況は、いとも簡単に崩壊してしまう。
みんな真実と向き合い、打たれて大人になっていく。そういうことだ。
開けてはいけない箱はみんな持っているんだろうなあと思いつつ、家族はいろんなパンドラの小箱を開けたり、見なかったことにしたりして、ピンチを乗り越えていくのだ。

<セッちゃん>
いじめとは何か、を考えさせられる。嫌いなので無視するというのは、手を出していないだけに、学校も気づきにくいし、対応方法が分からない。
原因が、「素直で、屈託のない子に対するやっかみで、娘さんは何もやっていないのに。。。」と先生に言われてしまうと、もう打つ手は、無視を先導している子の親に伝えるしかないというのが現実のようだ。あとは、自分で立ち直れというのでは、学校も親もあまりにも無力である。もう神頼みか、本人の自力回復しかないのだろうか。

<なぎさホテルにて>
17年前にホテルのタイムカプセルサービスを利用したことは忘れており、当時の恋人有希枝が、17年後のちょうど2000年の達也の誕生日に何かメッセージを書いていたという設定で、すでに波乱の予感である。今の奥さんはそんなことは知らない。
あまりプライバシーに踏み込んだホテルのサービスも考えものかも知れない。
しかし、妻の様子が変わったのは、夫の秘密を知って何が変わったのだろうか。

<かさぶたまぶた>
一見元気で、何の問題もなさそうな人間が危ないのだ。優秀なはずの娘の様子がおかしいことに、父である政彦は気づいていない。せっかく会社のごたごたをうまくやり過ごしたと思ったら、家庭がうまく行かないということは、ままあるだろうとは思っても、企業戦士を気取る男親としてはつらいことだろう。
そして、ついに大学受験を失敗した息子がキレた。「俺らずーっと、うんざりしてんだよ、・・・カッコつけて余裕こいて・・・」
お父さんは強いから、みんな弱いところ見せられない。そう思われているとは気づいていない政彦も実は、見られているときは突っ張っているのだった。
だが、まわりをよく見てカッコつけないと、裸の王様になっているかも知れない。

<母帰る>
60歳になって、悪いところは無かった父と子らを捨てて、母は出て行った。
そして、10年後、一緒に暮らした父と同い年の男が亡くなって、その子らに母は縁を切られた。
父は、そんな母に戻って来いと連絡するが、姉と自分(タク)は納得ができない。
離婚した姉はなおさら「プライドがあるけん」、と言って反対していたが、姉の別れた夫
の浜野さんと話すことがあり、その言葉に考えさせられる。
浜野さんはタクに言う。「いなかを出て東京で家族を持った君と、家を出て他の男と暮らしたお義母さんは同じじゃないか。そして、お義母さんに戻ってきてと言うお義父さんを責める資格はないと思う。」と。
その証拠に、拓己もはやく妻や娘たちの居る東京へ「帰りたい」と思っている。
浜野さんの言葉は、今までに私の頭には無かった(はずの)考え方であったが、そうかもと思ってしまった。「家庭っていうのは、みんながそこから出ていきたい場所なんだよ。俺はそう思う。みんなが帰りたい場所なんじゃない。逆だよ。どこの家庭でも、家族のみんな、大なり小なりそこから出て行きたがってるんだ。幸せとか、そういうの関係なくな」 まだ、半分納得できていないわたしは、寂しがり屋なのだろうか。

■主な登場人物紹介
<ゲンコツ>
吉岡主任、長女中三、次女小四、部下橋本
加藤主任、恵子夫人、長男小五、次男小三
岡田さん、洋輔中三(ちょいワル)
小林課長(護身ツール)

<はずれくじ>
今:父野島修一40歳、息子勇輝、母淳子
昔:祖母、父(役場勤め、五年前還暦で他界)、母、姉、修一 山あいの小さな町

<パンドラ>
父:孝夫40歳 妻:陽子
娘:奈穂美14歳万引きで補導
息子:晃司小4
ヒデくん:娘の未婚の夫

<セッちゃん>
父:雄介 母:和美
娘:加奈子中二
娘の同級生:セッちゃん

<なぎさホテルにて>
父:岡村達也 37歳 母:久美子
兄:俊介 小2
妹:麻美 年長
有希枝(達也の元恋人)

<かさぶたまぶた>
橋本政彦 40代半ば
妻 綾子
秀明 高3 大学受験失敗
優香 小6 名門私立女子中学に合格

<母帰る>
タクの父 古希
タクの母 10年前に離婚
タク(拓己)37歳 今は東京在住
タクの妻 百合 子の志穂小三、彩花小一
百合の母 千葉在住
タクの姉(和恵) 40代 3年前に浜野さんと離婚 息子の翔馬

■重松 清さんのプロフィール(本書の紹介文より)
1963年、岡山県生まれ。しげまつ きよし。
出版社勤務を経て執筆活動に入る。

■著者の作品
1991年、「ビフォア・ラン」でデビュー。
1999年、「ナイフ」で坪田譲治文学賞を、「エナジー」で山本周五郎賞を受賞。
ビフォア・ラン (幻冬舎文庫) [ 重松清 ]
ナイフ (新潮文庫) [ 重松 清 ]
現代の家族の姿を描くことを大きなテーマに話題作を次々に発表。
ほかに、定年ゴジラ半パン・デイズ日曜日の夕刊カカシの夏休み など。